仕事を終えると、杉野マネージャーは呑みに誘ってくれた。
「腹減ったし、どっか行かないか?」
「はい。行きましょうか」
千奈津は先に帰っていて二人きりだった。上司の誘いだし警戒する必要もないだろうと、二つ返事をしてしまった。
連れてきてくれたのはホテルのバーだ。落ち着いた雰囲気で大人が来るところという感じだ。私はもういい年齢だけど精神年齢はまだまだ子供なのかもしれない。
カウンターに並んで座ると、とりあえずビールで乾杯しサンドイッチを摘む。
「うわ、これ美味しいですね」
「だろう? ここのサンドイッチは絶品で大好きなんだよね。可愛いなって思った子しか連れてこない隠れ家的な場所なんだ」
「そうなんですか」
モグモグと食べていると、プッて噴出される。何が面白かったのか理解できない私はキョトンとしていると、杉野マネージャーはじっと私を見つめる。
「あのさ、一応、口説いてんだけどなぁ」
「どなたを?」
またプッて笑って口元を抑えている。ゴツゴツした大人な男性の手が目に入って、セクシーだと思い顔が熱くなった。
「初瀬美羽を」
「は……い? わ……私……ですか?」
「しっかりしてそうなのに、ピュアで、男性経験が少なそうで。いいなーって思いはじめてるというか」
まさかのまさか。こんなに素敵な上司に口説かれるなんてありえない!からかっているのだと思って私はケラケラと笑い出した。
「冗談はよしてください」
杉野マネージャーは真剣な眼差しを向けてくる。
「実は付き合っている人がいるとか?」
「いえ」
「じゃあ、過去に何かあったとか?」
質問を重ねてくるなとは思ったけれど、アルコールも入っていたので私はスラスラと答えてしまう。
「過去に……ちょっと辛い恋愛をしてしまってから、恋ができない体質といいますか……」
言葉に詰まっていると杉野マネージャーが鋭い視線を送ってくる。
「まだ、そいつのこと好きだとか?」
まだ、大くんを好き――……?
好きという気持ちは冷凍したのだ。
だけど、何かのきっかけで溶けてしまったらどうしようと、ずっとずっと不安だった。
だからこそ、大くんの映っている番組や、雑誌から目を背けていたし、過去に愛していた人を応援しようなんて大きな心を私は持ち合わせていない。
記憶から消すことばかり考えて生きてきた。
「おーい、初瀬。大丈夫か? 意識が飛んでるぞ」
ぼんやりと考えてしまった私はいつの間にかフリーズしていた。杉野マネージャー私の前で手をひらひらと振っている。
「……申し訳ありません」
「図星だったのか?」
私は少しだけうなずいた。いつも素直に心を開かないのになぜ今日はこんなにも話ができてしまうのだろうか。自分でも不思議だ。
「へぇ。その人は今何してんの? 近況とか知ってるの?」
「きっと、元気に仕事をしていると思います」
「独身?」
「はい。でも、お付き合いしている人はいるみたいですね」
甘いカクテルを飲み干す。
大くんを簡単に忘れることができる薬が発売されていたら私は間違いなく飛びついて買うだろう。違う人と恋愛ができれば、この心の中にある重たい気持ちが少しは消えるかもしれない。
「そんなに忘れられないんだったら、もう一度告白してみたらどうなの? 相手も独身ならまだチャンスがあるんじゃないのか?」
「いいえ。もう、終っているんです。彼は、私を憎んでいるでしょうから……」
「そんなに嫌なことしちゃったんだ? 初瀬って以外に悪女?」
「……ハハハ」
これ以上重い話にはしたくなかったから、軽く笑って受け流す。
「ま、誰にでも過去はあるでしょ。過去があって今があるんだし。そんなに引きずることはないんじゃないのか?」
そうかもしれない。
もう、過去のことなんだし。気にし過ぎなのかな、私。
それでも何年も直接会ったことはないし、仕事だとは言えリアルの世界で彼の姿を見てしまったら私はいったいどうなってしまうのだろう。
その当日がやってくることが今から怖くてたまらなかった。
* * *十年前―――――土曜日の夜になると、私はそわそわしていた。彼は土曜日の夜にふらっと来ることが多かったのだ。そういえば、真里奈と大学の食堂でランチしていた時、こんなことを言われた。『はぁ? お兄ちゃん的な存在? ないない。それって、美羽の初恋なんじゃないの?』真里奈とは入学してから意気投合して、仲良くなった。ぼうっとしているタイプの私とは逆のタイプだけど、一緒にいて心地がいい。『どうして男性だからって恋愛に結びつけちゃうの? 真里奈を好きなように、紫藤さんのことも好きなの。お弁当作ってくれたり、一緒にDVD観たり』『……それ、おうちデートじゃん。で、手を出してこないの?』『まったく。だって、妹だと思っていると思うけど』『妹だなんてありえないよ』そんな会話を思い出しながら、テレビを見ているとチャイムが鳴った。心臓が大きく跳ねて待ち構えていたかのように急いで玄関まで行くと、紫藤さんが立っていた。「ただいま」「お帰りなさい」一緒に住んでいるわけでもないのに、紫藤さんはうちに来ると「ただいま」って言うのだ。ニッコリ笑って中へ入ってくると、鼻をくんくんさせる。「あの、ね。ホットケーキ作ったの。紫藤さんが来るかなって思って」料理ができない私のチャレンジだった。彼の喜ぶ顔が見たかったのだ。でもやっぱり少し焦げてしまったし私は料理が不得意だと実感していた。紫藤さんは私の目の前に立って優しい視線を向けてくる。手がゆっくりと伸びてきた。キス? ど、どうしよう……。心の準備ができてないと思って瞳を思いっきり瞑る。すると紫藤さんの手が頬にそっと触れた。「粉、ついてんぞ」「えっ?」一瞬でもキスをされてしまうかもしれないと思った私は恥ずかしくてたまらない。「随分急いで玄関に出てきてくれたみたいだけど、そんなにお兄ちゃんが来るのが楽しみだったか?」顔がくしゃりとするほど笑顔になって、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。「楽しみだったよ。だって、一緒にいると楽しいから……」「そっか。じゃあ、なるべく会いに来てやんないとな」「でも、仕事忙しいんでしょ?」「イベントとか、レコーディングとかね。でも、可愛い妹に会えないと元気でないし」ほら、やっぱり。紫藤さんは私を妹としか思ってない。男女の友情って成立するもんよ。「どれ、うわ、
「美味しい?」「あぁ、うまい。美羽が一生懸命作ってくれたんだからうまいに決まってるよ」キラキラと輝く笑顔を向けられると私の胃のあたりが熱くなった。この感情が何なのかわからない。一週間お互いに何をしていたか会話を重ねていた。あっという間にホットケーキは食べ終わった。「大学の友達に彼氏ができたんだって。今度紹介してくれるみたい。私にも男の子を紹介するって言われたんだけど、恋愛とかよくわからないんだ」紫藤さんは、あぐらをかいてつまらなさそうに話を聞いている。「あ、ごめんなさい。つまらない?」「んー。恋愛する気ないなら、男を紹介してもらうことないだろう。いいんじゃないの。好きだって思える人ができるまで恋だの、愛だの」「だよね……」「焦ることはないさ」大くんの言葉に妙に納得した。いつか私が本当に好きだと思える人ができたらその人と恋をすればいいのだ。「紫藤さんは、今日はどんな一日だった?」「結構忙しく過ごさせてもらっていたよ。新曲の準備やダンスレッスンを受けてたよ」「へぇー。新曲かぁ。芸能人みたいだね」「一応売れない芸能人。だけど、三人組で仲間がいるから頑張らないといけないんだ。俺らが、歌ったり踊ったりして、それを見た人が元気になってくれたら……最高に幸せじゃん」夢を語る人のキラキラした笑顔は大好き。夢を叶えてほしい。「きっと、紫藤さんなら夢、叶うよ。私、信じているから」「美羽が信じてくれるなら頑張れそうだわ、俺」ニッコリ笑ってうなずいた。私は紫藤さんの夢を応援しようと思う。今までにシングルCDが二枚出ていたけど購入した。残念ながらあまり売れてないみたい。申し訳ないけれどCOLORというグループの存在は知らなかった。「もし俺が売れたら、美羽の欲しい物をなんでも買ってやるよ。何がいい?」「んー。特に欲しい物はないかな」「欲がないのね、お前」気だるそうに笑った。テレビを見て同じツボで笑って、すごく楽しい。この時間が永遠に続けばいいと思ってしまう。「今日は泊まるわ」「うん!」紫藤さんは特別な存在だから泊まることが当たり前になってもまったく抵抗がない。女友達と同じような感覚なのだ。「あ、DVD借りてきたから一緒に見て?」今はレンタル屋さんに行かなくてもすぐにスマホで見られる時代だが、当時は借りてくることが当たり前だった。紫藤
*真里奈が彼氏を紹介してくれるとのことで大学が終わってから一緒にカフェに行くことになった。真里奈の恋人に会えるのが楽しみだったのもあるけど、ティラミスが美味しいと噂の店だったのでそれも楽しみだった。カフェに到着して注文して待っていると彼氏が到着する。「彼氏のコーくん。三歳年上なの。コーくん、友達の美羽」「はじめまして。真里奈の彼氏です」「はじめまして。美羽と申します」勝手にもっとチャラチャラした人とお付き合いしているのかと思ったけど、好青年でびっくり。爽やかなスマイルが眩しい。オレンジジュースをくるくるストローで回しながら、真里奈の話を聞いている。「出会いはどこだったの?」私が質問すると真里奈は笑顔で答えてくれる。「バイト先の先輩なんだけど、偶然高校が一緒だったの」「そうなんですね」二人の親密さが伝わってくる。いいな、恋とか愛とかって素敵に見える。憧れはあるけど私にはものすごく遠くにあるように感じていた「デートとかって、どんなことするの?」「えーっと。カラオケとか映画とか行くこともあるし、二人で家でゴロゴロしている時もあるしね」「うん」視線が絡み合う二人を見ると、胸がトクトクと音を立てた。甘い恋とかよく小説で見たりするけど、まさにこんな感じだろう。お互いを大事にして、痛みも喜びも共有して、愛を深めていく。二人で愛というものを育てていくものなのかもしれない「ね、コーくん。美羽の家に謎の男子が週一くらいで遊びに来るらしいんだけど、男としてどう思う?」「謎の男子? 美羽ちゃん、気をつけるんだぞ。いきなり襲われるってこともあるんだからな?」「男性ってそんなものなのでしょうか?」「もしかしたら美羽ちゃんのことが好きなのかもしれないけど……。告白とかされた?」「いえ、友達のようなお兄ちゃんのようなそんな感じです」コーくんは腕を組んで頭を捻っている。なかなか人には理解ができない関係なのかもしれない。「美羽は、初心過ぎんの。もう大学生なんだし、いろいろ経験しとかなきゃ。あ、コーくん。男の子紹介してあげて」「い、いいっ……。大丈夫だから」「知り合いで真面目でいいやつもいるし本当に誰かと付き合ってみたいなとか、まずは男お友達を作ってみたいっていうのがあったら気軽に言ってね」「ありがとうございます」その後、恋愛のことや
ファミレスでバイトを終えた夜、バイト仲間の小桃〈こもも〉さんに誘われて、カラオケに行くことになった。小桃さんはお金持ちらしくて、バイトなんかしなくてもいいのに、社会勉強をしたいから働いているらしい。いつもカラフルな服を着ていて独特なファッションセンスを持っている。「会員専用のカラオケなのよ」「ほう……すごい所に連れてきてくれてありがとうございます」連れてきてくれたのは見るからに高級そうなお店なので中に入るのを躊躇した。「いいえ。パパが接待とかで使うところなの。カラオケはここ以外知らないんだけど……いい?」「あ、でも……」「お金は気にしないで。おごるから、歌聞くの付き合って」「……はい。ではお言葉に甘えて」押しに弱い私。ちょっと遅い時間だったけど、付き合うことにした。可愛いけれどこの性格でちょっと金銭感覚がずれているから友達が少ないみたいだ。受付をしている時、ふっと横を見ると紫藤さんが綺麗な女性とCOLORのメンバーと一緒にいた。うちに来ている時よりもキリッとしたような印象だった。私の存在には気がついていないようだ。声をかけたいけれど、周りの人に変な目で見られたら嫌だし迷惑をかけるわけにもいかない。彼は芸能人なのだ。だから気づかないふりをしようと心に決めた。すると、紫藤さんは綺麗な女性の肩に手を回した。慌てて目をそらした。今のこのシーンを見ただけで心臓が切り裂かれたような痛みが胸を走る。紫藤さんにも恋人がいたんだ。いつからいたのだろう。あんな姿見たくない。今まで体験したことがない気持ちが沸き上がってきて気分が悪くなる。紺色の液体が血液を流れて、冷やっとして、体温が奪われていくような感覚だった。「どうしたの? 美羽ちゃーん?」「は、え、いえ……」小桃さんの声で紫藤さんがこちらを見た。遠くからだったけど、目が合った気がする。紫藤さんは、私の存在に気がついても美人な女性から手を離さない。私の目線を追った小桃さんが「あれ、どっかで見たことある……誰だっけ?」と抜けた声で聞いてくる。「ここ、芸能人とかもお忍びで来るんだよー。プライベートで来ているわけだし、恥ずかしいからサインくださいとか言っちゃ駄目よ。これが、セレブの世界なのよ。さ、歌おう」背中を押されて歩き出す。どんどんと紫藤さんの近くに向かっている。嫌だ、近く
部屋に入るとふたりではあまりにも広すぎる空間だった。パーティーでもできるのではないか。「じゃあ歌うから聞いててね」楽しそうに歌っている小桃さんを、ぼんやりと眺める。歌なんて耳に入ってこない。頭の中には紫藤さんの姿ばかり浮かんでいた。どうして、こんなに悲しい気持ちなのだろう。あんな綺麗な女性に勝てるわけはないし、落ち込んだって仕方がないのだ。そもそも私は紫藤さんのことを恋愛感情として見ていないはず。それなのになんでこんなに重たい気持ちになるのだろう。「ねぇ! ねぇってば! 美羽ちゃん、どうしちゃったのよ」「あ、ごめんなさい」小桃さんはつまらなさそうにソファーに深く座った。そして最新式の携帯電話で何か検索しているようだ。「思い出した! さっきのCOLORじゃない? 紫藤大樹、赤坂成人<あかさかなるひと>、黒柳<くろやなぎ>リュウジ。三人とも苗字に色が入ってるからってグループ名がCOLORなんだって。夜中の番組でやってた!」「はい、知ってます」「あら、もしかしてファンなの? そっかーじゃあサイン欲しいよねー。ごめん、ごめんっ。声をかけさせてあげればよかったね。でも暗黙の了解でここでそういうことをしちゃいけないってことになってるのよ」少しずつ少しずつ、COLORは知名度を上げてきている。「きっと売れるだろうね。イケメンだしダンスは上手い。それだけじゃないわ。特に紫藤って人は売れる素質を生まれ持った感じがある。けっこう、当たるのよ、私の勘」小桃さんはふたたび機嫌をよくした。本当に彼女の予想は当たりそうだ。わからないけれどそんな気がする。「あとは、楽曲に恵まれたらグーンと売れそう。ファンクラブの会長にでもなっておけば?」「ハハ、面白いね……それ」なんとか話を合わせて、頑張って笑顔を作る。小桃さんは曲を入れて歌いはじめた。その歌声を聞きながら、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろうかと考えていた。風邪でもひいたのかな。体の調子がおかしい。さっきまで元気でファミレスでバイトをしていたのに、何かが引き金になってこんな状態になったのかもしれない。
「今日は楽しかったね。ありがと」カラオケを終えて外に出ると、蒸し暑い夜だ。汗がじんわりと滲んでくる。もう深夜に近い。こんなに夜中まで遊んでいることを母に知られたら大激怒されるだろう。「またねー」小桃さんは、タクシーで帰っていく。そんなにお金がない私は、家までここから二駅だから歩いて行くことにした。携帯が鳴りバッグから取り出すと『紫藤大樹』の文字が浮かび上がっている。外灯があって明るいとはいえ夜だから、携帯の明かりはすごく光って見えた。……いや、紫藤さんの名前だから特別に見えたのかもしれない。なんとなく通話ボタンを押すのに躊躇する。先ほどの綺麗な女の人と一緒に居る光景を思い出して呼吸が苦しくなったのだ。動揺しているのを隠して話せるだろうか……。だけど、電話に出ないのもおかしいので冷静を装って通話を開始する。「もしもし」『美羽。今どこ?』「あーえっと……○○駅の近くです」『一人?』「はい」『こんな時間に危ないだろう。さっきの友達は帰ったのか?』「……だ、大丈夫ですよ。大人だし」まるで子供扱いされているようですごく嫌な気持ちになった。『まだまだ子供だろうが。迎えに行く。待ってろ』カラオケで私の存在に気がついていてくれたことは嬉しかったけど、一人の女性として見てほしい。たしかに、さっき紫藤さんの隣にいた女性は美しくて大人なオーラ全開だったけど。私だって大人だ。どうして紫藤さんの発する一言一言に、心がこんなに揺れるのだろう。「一人で帰れます。……一人で、帰りたい……」蚊が鳴くようなか細い声で言った。けれど、夜中に一人で歩くのは心細いし誰かにそばに居てほしいって思っているのが本心。だけど、素直になれなかった。『は? 何言ってんだよ。すぐ行けるから、○○駅の北口で待ってろ』電話が切れてしまった。その場から立ち去ってしまおうかと思ったけど、そんな勇気はなくて駅の北口の外で佇んでいた。最終電車がなくなった駅の周りは閑散としている。怖そうなお兄さんが歩いていたり、酔っ払ったおじさんがフラフラしていたり。昼間と違って夜は治安が悪くなっている気がした。こんなところを小娘が一人で歩いていたら危ないに決まっている。「美羽」すぐに目の前に現れてくれた紫藤さんの姿を見ると泣きそうになる。でも弱みを見せたくないのでなるべく平常心のような表情
「カラオケ、誰と行ってたの? あそこ、VIPばっかり来るところじゃん」振り返らずに話しかけてくる。「バイト先の知り合いと」「……ふーん。男も……、居たのか?」「いいえ」「そう」ポツリポツリと会話をするだけ。気まずい空気を作ったのは私なのだけど、いたたまれない気持ちになってくる。しばらく無言で私たちは歩いていた。「美羽は俺に質問しないのか?」「……特に質問は無いですけど、芸能人なんだなって思いました」「あっそう」だって、自分でもまだ心の中で整理できていないんだもの。このモヤモヤはどこからやってきて、何が原因で、どうすれば解決するのかわからない。また私たちは会話をせずに歩いていた。家の近くの路地に入ったら、ポツポツと外灯があるが暗い。やはりこの暗い中を一人で歩いてくるのは怖かったので一緒に帰ってきてくれてとてもありがたかった。でも綺麗な彼女がいる人に対して依存してはいけないと自分の心に蓋をする。「早く大人になれ、美羽」「大人です」俯いて歩いていた私は紫藤さんの胸に頭をコツンとぶつけて顔を上げる。至近距離で笑っている顔が外灯に照らされて見えて、ドキッと胸が鳴った。「ドジ」「……っ」「俺は、美羽が大人になるところを見届けるよ。それまで一緒にいる」「大人って何が大人なんですか?」紫藤さんは大人の男の人のような色っぽい笑顔を浮かべた。今までに私には見せてくれなかった瞳の色だ。「恋愛したら……かな」「そ、そんなの安易な考えだと思いますけど!」「シー。夜中だから小声でね、美羽」頭をポンポン撫でて笑っている。「恋ってさ、たぶん、すっげぇいいんじゃないか?」「だって……好きな人、できたことないって言ってましたよ、紫藤さん」「うーん。それが最近、できたっぽい」ピンときた。さっきの女の人だ。紫藤さんは、あの美人女性に恋をしてしまったのだろうか。「美羽は? まだ恋愛とかできそうじゃないのか? お兄ちゃんに言ってみろ」「……わからない……です」私は、紫藤さんにとっては妹のような存在だ。そんなの最初からわかっているのに、なんだか嫌な気持ちになる。「大人になるところを見届けるって。それって、いつかお別れしちゃうってことですか?」「美羽に好きな人ができたとする。で、彼氏ができたとする。そうしたら、彼氏は俺の存在が邪魔になる
紫藤さんは素敵な人だ。紫藤さんが恋をした相手もきっと素敵な女性なのだろう。先ほどカラオケでしか見てないけどとてもお似合いだった。二人が恋人になるのにそんなに時間はかからないはず。そうなれば私とはもう会ってもらえなくなってしまうのだ。想像するとあまりにも悲しくて寂しくて。今日はもう帰らないでと思ってしまった。「泊まりますか?」「……うん。もう、疲れちゃったし。寝たい」会えなくなる人なのに、家に泊めちゃうのは私の意志が弱いからなのだろうか。部屋に一緒に入ると、紫藤さんは欠伸をしてソファーに横になってしまった。そんな姿を私はただ見つめる。目を閉じるとまつ毛の長さがハッキリわかって、鼻は高くて唇は形がいい。お化粧したら女の子よりも、可愛いかもしれない。「シャワー借りようかな。汗でベトベト」本当に疲れた様子だが紫藤さんは起き上がる。「美羽も一緒に入ろうか?」「はい?」「嫌なの? 俺のことお兄ちゃんだと思っていたら、意識しないで普通に入れるんじゃない?」茶色の瞳でちょっと見つめてきて私の心を覗かれているような気がした。からかっているのだろう。クククと喉を震わせて笑っている。紫藤さんは異性なのだと、はじめて意識した気がする。目の前にいる人は男。もしかしたら急変して襲われてしまうかもしれない。はじめては痛いらしい。何を考えているの、私ったら。話が飛躍しすぎた。「どうしたの、美羽。怯えている?」紫藤さんが目の前にしゃがんで視線を合わせてくる。私は少し後ずさった。「怯えてなんか、ないです」「それでいいんだよ。男を警戒することも大事。ちょっと大人になったんじゃない?」「……っ」「だから、俺以外の男をここに入れちゃ駄目だぞ。危ないから」シャワー借りるねと言って、バスルームに消えてしまった。しばらくして、シャワーの流れる音が聞こえてくる。はじめては痛い。だから嫌なんじゃなくて……。恋の延長線上にそれがあってほしい。私……恋人が欲しいんだ。だからと言って誰でもいいわけじゃない。ちゃんと好きになった人と結ばれたい。胸に手を当てて大きく息を吸う。うまく、呼吸ができない。心と体の細胞が噛み合っていないような。苦しい――。ガチャっと音がして振り返ると上半身裸の紫藤さんが頭を拭きながら出てきた。引き締まった見事なボディーだ。腹筋が割
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。